仕事がしんどい

仕事と介護で逃げ場がない40代が踏みとどまれた理由

「死にたい」は死を望む言葉ではなく「休みたい」のサインかもしれない。仕事と介護で逃げ場を失った46歳が、それでも踏みとどまれた理由と「逃げ道を作る」ことの意味を書きました。

明日が来なければいいのに、と思いながら

「死にたい」

明日が来なければいいのに、と思いながら月日が過ぎていきます。 それが仕事と家庭の問題だと、自分でもわかっています。

また異動。 新しい職場、新しい顔ぶれ、また一から関係を作る。 これが何度目だろう。慣れるどころか、毎回しんどくなっていく。

マネージャーという仕事が、自分に向いていないのはわかっている。 流れでそうなった。断れなかった。気づいたら10年経っていた。

それだけのことだと思う。けれど、向いていないことを10年続けることの消耗は、なかなか言葉にできない。

毎朝出勤するたびに、小さく何かが削られていく感覚だけが積み重なっていく。

帰宅しても、休めるわけじゃない

足が悪い母、目が悪い父。買い物、病院、食事の準備。

誰かに話せるわけでもない。「今日もしんどかった」と言える相手もいない。ただこなすだけの毎日が続いている。

誰にも弱音を吐けない日が、何百日と続いている。

そういう日が続くと、人間はどんどん削られていくんだなと、今ならわかる気がしている。

「死にたい」は、死を望む言葉じゃなかった

「死にたい」という気持ちは、死を望んでいるわけじゃないと、私は思っている。

ただ、休みたかっただけだと思う。 誰にも何も求められない場所に、ちょっとだけ逃げたかっただけだと思う。

それなのに、逃げ場がどこにもなかった。

会社を休めば周りに迷惑がかかる。実家では親の世話がある。友人に話せるような内容でもない。お金がなければ辞めることもできない。

どこにも行けない感覚が、一番きつかったかもしれない。

それでも踏みとどまれた理由

それでも今、こうして生きている。

続けられた理由の一つは、お金だと思っている。

資産を積み上げてきたこと。「いざとなれば辞められる」という感覚が、ギリギリのところで踏みとどまらせてくれていた気がしている。

逃げ道があるだけで、人間はもう少し頑張れる。

大それたことを目指しているわけじゃない。

近所のドラッグストアで、責任のないパートとして働く。それだけでいい。それが今の自分の目標だ。

笑う人は笑えばいいと思う。でも、責任を持ちすぎた人間にしか、責任のない仕事への憧れはわからないと思っているから。

逃げる準備だけでも、してみてほしい

同じような気持ちの人に、何かを伝えたいわけじゃない。

ただ、自分みたいな人間でも、ギリギリのところで踏みとどまれたのは、「逃げ道を作ろうとしていた」からだと思っている。

消えたいくらいしんどいなら、逃げる準備だけでも、してみてほしい。

**逃げることは、負けじゃない。**今は、そう思っている。

ABOUT ME
izumi206
47歳、独身。 スーパー勤務20年以上。 特別な才能も高収入もありません。 それでも40代から資産形成を始め、2700万円まで積み上げました。 現在は親との生活、介護、仕事の負担と向き合いながら、どうすれば本業を軽くできるのかを考えています。 このブログでは、そんな「仕事を完全に辞めたいわけじゃない。でも、このままではしんどい」という人に向けて、資産形成と働き方について実体験を書いています。

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です