2500万円、という数字が口座に並ぶようになったのは、つい最近のことだ。
感動はなかった。「やった」という気持ちもなかった。ただ、じわじわと「逃げ道ができてきたな」という感覚だけがあった。
20代のころ、貯金なんてろくにしていなかった。
給料が入れば使い切って、翌月また働く。それの繰り返しだった。将来のことを真剣に考えるようになったのは、30代も後半になってからだと思う。親の体が弱り始めて、自分の将来が急に現実として見えてきたころだった。
そこから、コツコツ積み立てを続けてきた。
オルカンとS&P500を毎月少しずつ。ボーナスも大半を入れた。外食を減らして、服を買う回数を減らして、旅行もほとんど行かなかった。「我慢しています」という感覚はなかった。ただ、使う理由が思い浮かばなかっただけだという気もしている。
46歳になった今、2500万円という数字が手元にある。
これで完全にFIREできるかといえば、できない。生活費を引けば、あと何年分あるか。計算するたびに、まだまだ足りないとわかる。
でも「足りない」ではなく「ある」と思うようになってきた。
2500万あれば、少しだけ選べる。
今すぐ全部辞めることはできなくても、条件の悪い仕事を断れるようになった。しんどい残業を「今月は無理です」と言えるようになった気がしている。「逃げられる」という感覚が、毎日の重さを少し軽くしてくれている。
サイドFIREという言葉を知ったのは、数年前だったと思う。
完全に仕事を辞めるのではなく、働く量を減らす。稼ぐ額を減らす代わりに、時間と自由を増やす。そのイメージが、今の自分にはぴったりくる気がしている。
目標は、月10万円くらい稼げれば十分という状態になること。
登録販売者の資格も取った。地元のドラッグストアで週3日くらい働ければ、生活は回る計算になってきた。資産からの取り崩しと、パート収入を合わせれば、なんとかなるかもしれない。なんとかなる、という感覚が持てることが、今の自分には一番大事だと思っている。
「2500万でサイドFIREできるの?」と聞かれると、正直わからない。
インフレがどう動くか、親の介護費がどれだけかかるか、自分が何歳まで生きるか。わからないことだらけだ。
でも、完璧な答えを待っていたら、永遠に動けないとも思っている。
「足りなくなったらまた考える」という感覚で、少しずつ自由を増やしていく。それが今の自分のやり方になってきた気がしている。
自由というのは、一気に手に入るものじゃないんだと思う。
少しずつ、選べることが増えていく。断れることが増えていく。しんどいと感じたときに、少しだけ休める。そういう小さな自由が積み重なって、毎日が少しずつ変わっていく気がしている。
2500万円は、その入り口に立てたということだと思っている。
まだ道半ばだけど、それだけで十分な気もしている。