47歳独身、スーパー勤務22年。資産2,400万円を貯めても、楽にはなれませんでした。
介護時短に踏み切るまでに考えたこと、598円の唐揚げに後悔した話。正社員を降りるまでの記録、第一話です。
47歳、独身、実家暮らし、資産2,400万円
これが、私のプロフィールです。
数字だけ見れば「堅実な人」に見えるかもしれません。40代単身の金融資産の中央値は100万円前後と言われますから、統計の上では、かなり上のほうにいることになります。
でも、正直に書きます。
**この2,400万円は、友人も、楽しいことも、ほとんどないまま貯めてきたお金です。**
14年前に家計簿をつけ始めました。8年前に投資を始めました。オルカンとS&P500に積み立てて、資格を4つ取って、仕事は最低限にして、ここまで来ました。11年かけて、ゼロからここまで積み上げました。
その間、自分のために使ったお金で、後悔しなかったことは、一度もありません。
## 598円の唐揚げに、後悔しました
先日、めったにない半日勤務の日がありました。
早く帰れたので、唐揚げとデザートを買いました。598円です。
美味しかったです。でも、食べ終わったあとに残ったのは、「働いていれば使わなかったお金だ」という後悔でした。
資産2,400万円の人間が、598円に動揺している。おかしな話だと自分でも思います。でも、これが11年間「削って貯める」を続けてきた人間の、正直な姿です。
**貯めることは得意になりました。使うことは、下手なままでした。**
資産の画面は、1日に10回見てしまいます。8年間、一日も欠かしたことがありません。
増えていく数字だけが、「先はよくなる」と言ってくれる気がしたからです。
## なぜ、そこまでして貯めたのか
スーパーに勤めて22年になります。役職にも就きました。
でも、この22年、異動を何度も繰り返してきました。人間関係が育つ前に、店が変わる。慣れた頃に、また一から。友人ができなかったのは、たぶんそのせいもあります。
家も、安らげる場所ではありませんでした。休みの日は、親の買い物と病院の付き添いで消えていきます。
職場にも、家にも、自分の時間がない。
そんな中で、唯一、自分の思いどおりになったのが、口座の数字でした。
**私にとって貯金は、資産形成である前に、脱出路でした。**
いつか、この生活から降りるための切符。11年かけて、それを一人で用意してきました。誰にも言わずに。
## そして、介護時短に踏み切ります
親の介護が、本格的に始まります。
会社の制度で、介護のための時短勤務が使えます。ただし役職は降りることになります。収入も減ります。期限は3年です。
正直、迷いました。
「役職を降りるのは負けじゃないか」「パートみたいな働き方で、この先やっていけるのか」「周りからどう見られるのか」——何度も自分に問いました。
でも、計算してみると、答えは出ていました。
実家にいる間は、時短の給料で生活は回ります。資産には手をつけずに済みます。3年後に退職しても、月10〜15万円の仕事を続ければ、取り崩しは最小限で済む。65歳からは年金と資産で、100歳まで設計できる。
**足りないのは、お金ではありませんでした。「降りていい」と自分に許可を出すことのほうでした。**
だから、決めました。来月から、介護時短に入ります。役職も降ります。
3年後、正社員を辞めるつもりです。
## 私が本当に欲しかったもの
高級品でも、旅行でもありません。
– 朝、散歩をする
– 本を読む
– 映画を見に行く
– 明日の心配をしないで眠る
これだけです。多くの人が当たり前に持っているものを、私は2,400万円と22年をかけて、これから買おうとしています。
高い買い物だと思います。でも、手に入るなら、払う価値はあると思っています。
**「明日に不安がなくなってから、唐揚げが美味しくなる」——最近、そう気づきました。**
先に不安を消さないと、何を食べても味がしない。だから唐揚げが後悔になった。味の問題ではなく、順番の問題でした。
このブログは、その順番どおりに進んでいく記録です。
## このブログで書いていくこと
– 介護時短の申請が、実際どうなったか
– 収入が減った生活の、リアルな家計
– 親の介護と仕事の両立で、うまくいったこと・いかなかったこと
– 資産の取り崩し設計(サイドFIREの実際の数字)
– そして、唐揚げが美味しくなったかどうか
立派なことは書けません。598円に後悔するような人間の記録です。
でも、同じように「合わない仕事を続けている」「貯めているのに楽にならない」「介護と仕事の間で削られている」という方に、いつか届けばいいと思っています。
**降りるまでの記録です。よければ、お付き合いください。**
——いずみ
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*次回:「介護時短、申請してきました」(予定)*