「これからどう生きればいいんだろう。」
40代に入ってから、この問いが毎日、頭をよぎるようになりました。
仕事は続けている。生活も安定している。老後に向けて資産も積み上げてきた。客観的に見れば、悪くない状況だと思う。でも、毎日考えてしまう。
想像と違った未来
小さいころは、普通に過ごせる人生があると思っていた。
友人知人がなく、結婚していなくても、健康で、普通に会社に入って、普通に暮らす。当たり前にできることだと思っていた。
気づいたら40代になっていた。レールも外れた。気がついたら独身のまま、実家で暮らしていた。生活費は入れているとはいえ、世間が描く「正解の人生」とは違う場所に、いつの間にかいた。
今もそれが恥ずかしく、一生後悔する出来事になってしまった。
答えのない問いと向き合うということ
「どう生きるか」に正解はない。頭ではわかっていても、どこかでずっと正解を探し続けていた気がする。
誰かと比べて、足りないものを数えて、「自分の人生はこれでよかったのか」と問い続ける。その繰り返しだった。
でも、資産が貯まってきたころから、少しずつ考え方が変わってきた。
結局金かと思われそうですが、結局、金です。
ゆとり、余裕がないと、未来の回答は得られない。何かするには今を我慢して勉強して、資産をまず増やすしかない。
本業や副業で稼げる人、環境に適応できる人は、それが正解だと思う。でも私のような人間は、地道に資産を積み上げるしかできなかった。それが今の私の答えだ。
それでも少しずつ変わってきたこと
綺麗な話ではないけれど、資産が増えるにつれて気持ちが変わってきた部分がある。
他人と比べることが、少し減った。結婚している同期、家を持った友人と自分を比べても、何も変わらない。比べるなら昨日の自分だけでいい。そう思えるようになってきた。
仕事への向き合い方も変わった。お金のために仕方なくやっているという感覚が薄れて、選択肢があるから続けているという感覚に変わってきた。続けたければ続ける、辞めたければ辞める。その選択肢を持てるかどうかが、気持ちの余裕に直結している。
ひとりで生きることへの後ろめたさは、今もゼロではない。でも、自分のペースで判断できる部分があることは、悪いことだけじゃないと少しずつ思えるようになってきた。
それでもまだ、答えは出ていない
「これからどう生きるか」の答えは、まだ出ていない。おそらく死ぬまで出ないと思う。
答えがないまま考え続けること、動き続けること、それ自体が生きるということなんじゃないかと、40代になって思っています。
同じ問いを抱えているあなたへ。答えが出ないまま悩んでいることは、それだけ自分の人生を真剣に考えているということだと思う。その問いを、大切にしてほしい。